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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)12813号 判決

本訴事件原告、反訴事件及び第二事件各被告(以下単に「太郎」という。) 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 門屋征郎

同 岡本敬一郎

本訴事件被告、反訴事件原告(以下単に「花子」という。) 甲野花子

第二事件原告(以下単に「春子」という。) 甲野春子

右両名訴訟代理人弁護士 合田勝義

主文

一  太郎の花子に対する請求を棄却する。

二  花子の太郎に対する請求を棄却する。

三  春子と太郎との間で、春子と太郎とが昭和六二年六月二〇日付でした、春子所有の東京都新宿区《番地省略》の土地を売買した金額で現在の借金をすべて精算した残余の金額を春子と太郎とで半分に分けること等を内容とする条件付土地売買代金配分に関する約定が、無効であることを確認する。

四  訴訟費用は、全事件を通じて、太郎の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  本訴事件について

1  請求の趣旨

(一) 花子は、太郎に対し、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)の持分三分の一について、昭和六二年一月一日付贈与を原因とする共有持分権移転登記手続をせよ。

(二) 訴訟費用は花子の負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁

(一) 太郎の花子に対する請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は太郎の負担とする。

二  反訴事件について

1  請求の趣旨

(一) 太郎は、花子に対し、本件建物の一階部分、五階部分及び六階部分を明け渡せ。

(二) 訴訟費用は太郎の負担とする。

(三) 仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

(一) 花子の太郎に対する請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は花子の負担とする。

三  第二事件について

1  請求の趣旨

(一) 春子と太郎との間で、春子と太郎とが昭和六二年六月二〇日付でした、春子所有の東京都新宿区《番地省略》の土地(以下「本件土地」という。)を売買した金額で現在の借金をすべて精算した残余の金額を春子と太郎とで半分に分けること等を内容とする条件付土地売買代金配分に関する約定(以下「本件約定」という。)が、無効であることを確認する。

(二) 訴訟費用は太郎の負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁

(一) 春子の太郎に対する請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は春子の負担とする。

第二当事者の主張

一  当事者の身分関係等(当事者間に争いのない事実)

1  太郎と花子とは、昭和四五年一月ころから同棲生活を始め、同五一年二月二一日に婚姻の届出をした夫婦であり、春子は花子の母である。

2  太郎は、もと韓国籍であったが、右花子との婚姻の届出日である昭和五一年二月二一日付で花子の父甲野一郎(以下単に「一郎」という。)及び春子との間で養子縁組をし、同五三年六月六日付で帰化により日本国籍を取得した。なお、一郎は、昭和五八年七月二〇日に死亡している。

3  その後、昭和六一年二月三日に太郎と春子とは春子の要求により一たん協議離縁したが、同年六月二八日、両者は再度養子縁組の届出をするに至った。

なお、昭和六三年七月七日、花子及び春子は、いずれも太郎との婚姻あるいは縁組を継続し難い重大な事由があるとして、太郎を被告として、離婚あるいは離縁の訴訟を提起し、右の各訴訟が現在当庁に係属中である。

二  本訴事件について

1  請求原因

(一) 本件建物は、春子所有の本件土地上に昭和五九年一月に花子が建築し、その所有権を取得したものである。

(二) 花子は、昭和六二年一月一日、本件建物の持分三分の一を太郎に贈与した。

(三) 右の贈与は、昭和五九年末から同六〇年初めころにかけて、花子の不貞行為が発覚した際に、花子の方で、太郎が花子との婚姻以来養父母である一郎及び春子並びに妻である花子に対しその生活面で種々の協力をしてきたにもかかわらず、太郎に対する財産面での配慮がなされておらず、そのために花子が太郎を軽視する面があったことを反省し、太郎のこれまでの協力を考えてなしたものである。

(四) よって、太郎は花子に対し、本件建物の持分三分の一について、昭和六二年一月一日付の贈与を原因とする共有持分権移転登記手続をすることを求める。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)及び(二)の各事実は認める。

(二) 同(三)の事実は否認する。

3  抗弁

(一) 太郎は、花子と同棲生活を始めた昭和四五年ころから、事ある度に花子に対して殴る蹴るの暴行を働くことが多く、昭和五九年に本件建物が完成し、春子と同居するようになってからは、春子に対しても暴力を振るうことが少なくなかった。

また、昭和五九年六月ころからは覚せい剤を用いるようになり、花子に対しても覚せい剤の施用をすすめ、仕事もせずに外で遊び暮して家庭を顧みることがなかった。

そのため、昭和六一年一月二〇日には、花子は家を出て太郎との離婚を考えるようになったこともあり、同年二月三日には、前記のとおり春子が太郎と協議離縁するに至った。

更に、昭和六一年三月ころ、太郎は覚せい剤施用の罪で逮捕、匂留され、同年五月に執行猶予付の有罪判決を受けるに至ったが、その間に花子が他の男性との間で過ちを犯したことから、その後右の不貞行為を理由に、くり返し花子に対して激しい暴力を振るうようになった。

(二) 花子の太郎に対する前記本件建物の持分の贈与契約は、太郎から右のように連日のように暴行を受け、「許してやるから本件建物の三分の一を贈与しろ。」と要求されるなどの脅迫を受けたためになされたものである。

そこで、花子は、昭和六三年七月九日に太郎に到達した書面で、右贈与契約を取り消す旨の意思表示をした。

(三) また、右の贈与契約は、太郎からの暴行、脅迫によって窮迫状態に追い込まれていた花子の窮状に乗じて、太郎が花子から過大な財産を給付することを約させたものであり、暴利行為に当たるから、公序良俗に反し、無効なものというべきである。

4  抗弁に対する認否

抗弁事実は争う。

三  反訴事件について

1  請求原因

(一) 前記本訴事件の請求原因に対する抗弁記載のとおり、花子と太郎との間での本件建物の贈与契約は、強迫を理由に取り消され、あるいは公序良俗に反し無効なものである。

(二) ところが、太郎は、本件建物の一階部分、五階部分及び六階部分を占有、使用している。

(三) よって、花子は、太郎に対し、本件建物の一階部分、五階部分及び六階部分の明渡しを求める。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)の事実は争う。

(二) 同(二)の事実は認める。太郎の本件建物に対する占有は、前記のような本件建物の共有持分権と花子との夫婦としての同居権に基づくものである。

四  第二事件について

1  請求原因

(一) 春子と太郎との間で、昭和六二年六月二〇日付で本件約定が結ばれている。

(二) しかしながら、本件約定は、前記本訴事件の抗弁のとおり、太郎が花子に対して毎日のように暴力を振るい、春子に対しても花子への暴行をやめてもらいたいのなら財産をよこすように要求するという脅迫を加えて、春子に結ばせたものである。

そこで春子は、昭和六三年七月九日に太郎に到達した書面で、本件約定を取り消す旨の意思表示をした。

(三) また、本件約定は、太郎からの花子に対する暴行、脅迫によって窮迫状態に追い込まれていた春子の窮状に乗じて、太郎が春子から過大な財産を給付することを約させたものであり、暴利行為に当たるから、公序良俗に反し、無効なものというべきである。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)の事実は認める。

(二) 同(二)及び(三)の各事実は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  当事者の身分関係等について

前記事実欄の第二の一に摘示した当事者の身分関係等に関する事実については、いずれも当事者間に争いがない。

二  太郎と花子との結婚生活の状況等について

太郎と花子とが昭和四五年一月ころから同棲生活を始め同五一年二月二一日に婚姻の届出をした夫婦であることは右認定のとおりであるが、前記争いのない事実に、《証拠省略》をも併せ考えると、太郎と花子との結婚生活の状況等は次のようなものであったことが認められる。《証拠判断省略》

1  太郎と花子とは、昭和四五年ころに知り合って恋愛関係となり、同棲生活を始めるようになった。太郎と花子の結婚については、太郎が韓国籍であり、少年院に入った経歴を有していたこと等から、花子の両親は強く反対していた。しかし、昭和四七年には太郎と花子の間に長女夏子が生れたこともあって、花子の両親も太郎と花子の結婚を認めることとなり、同五一年二月に一郎と春子が太郎との間で養子縁組をするとともに、太郎と花子の婚姻の届出をし、同五三年六月には太郎は帰化によって日本国籍を取得するに至った。

2  太郎は、短気ですぐに暴力を振るう癖があり、花子と同棲生活に入った直後から、些細なことで花子に対してものを投げつけたり、殴る蹴るの暴力を働くことがしばしばであった。そのため、昭和五三年二月ころには、花子が実家に逃げ帰ってしまい、しばらく太郎とは別居状態になるといったこともあった。

3  昭和五八年七月には一郎が死亡した。またそのころ、花子が銀行から資金を借り入れたりして、春子所有の本件土地上に花子名義で本件建物を建築し、以後、本件建物で太郎、花子夫婦と春子が同居するようになった。

4  本件建物に居住するようになってから、太郎は、当初は花子が本件建物の一階で営業していた喫茶店「乙山」の手伝いをしていたが、次第にその手伝いもしなくなり、春子に六〇〇万円もの金を借金させてベンツの乗用車を買わせるなどして、遊び暮すようになった。

その間も花子に対する暴行が止まず、昭和六〇年末ころには、花子の頭髪をはさみで切り、また花子にはさみを投げつけて一〇日間もの通院加療を要するような左大腿部切創の傷を負わせ、翌昭和六一年一月ころにも、ベンツの新車を買うように要求して、電気ストーブ等を投げつけて暴れ回るといったことがあった。

そのため、花子と春子は、一たんは太郎との離婚及び離縁を決意し、家を出るに至った。しかし、太郎が謝ったため、同年二月三日付で春子と太郎が協議離縁したのみで、花子と太郎との離婚は沙汰止みとなり、再び夫婦としての生活を継続することとなった。

5  太郎は、かねてから覚せい剤を施用しており、そのうち花子もともに覚せい剤を施用するようになっていたが、昭和六一年三月三一日、太郎は覚せい剤取締法違反の罪で警察に逮捕されるに至った。右の事件については、同年五月末に執行猶予付の有罪判決が言い渡され、太郎は拘置所から出所したが、右の未決勾留の期間中に、花子が他の男性との間で過ちを犯し、そのことが太郎にも知れたことから、このことを理由に太郎が花子に対して激しい暴力を振るうようになった。そのために、花子は、約一週間の入院とその後更に約五〇日間の通院加療を要するような全身打撲擦過傷、頭部打撲傷の傷害を負ったこともあるほどであった。

また、同年六月二八日には、太郎からの要求で、春子はやむを得ず再び太郎との間で養子縁組をするに至っている。

6  その後も、太郎の花子に対する暴力は止むことがなく、更に昭和六二年四月ころには、花子に多額の生命保険に加入させ、また、春子に対して財産を要求したりするようになった。そして、昭和六三年一月には、些細なことから太郎が怒り出し、花子に対して激しい暴力を振るったため、終に花子は春子とともに本件建物を出て、太郎との離婚及び離縁を決意するようになった。

三  本件贈与契約及び本件約定の締結の経緯等について

1  本件贈与契約及び本件約定は、いずれも右二において認定したような太郎と花子及び春子との共同生活の過程で締結されたものであるが、《証拠省略》によれば、右の契約等は次のような経緯で締結されたものであることが認められる。《証拠判断省略》

(一)  まず、本件贈与契約は、前記のように太郎の未決勾留中に花子が他の男性と過ちを犯したことを理由に太郎からの花子に対する暴力沙汰が続いていたときに、太郎から「許してやるから本件建物の三分の一を贈与しろ」と要求され、やむなく昭和六二年一月一日付で花子がこれに応じて甲第一号証の負担付贈与契約書を作成することによって、締結されたものである。

(二)  次に、本件約定は、前記のとおり太郎の花子に対する暴力行為が続くなかで、太郎から「花子をいじめられたくなかったら金を出せ。そうしたら別れてやる。」等と要求されたため、やむなく昭和六二年六月二〇日付で春子がこれに応じて、花子が太郎の要求する内容を記載して作成した文書に春子が署名したうえで拇印を押捺するという方法で乙第八号証の本件協定書を作成することによって、締結されたものである。

2  右に認定した事実からすれば、本件贈与契約及び本件約定に関する花子及び春子の各意思表示は、いずれも太郎の強迫によってなされたものというべきところ、《証拠省略》によれば、花子及び春子は、昭和六三年七月九日に太郎に到達した書面で、右の贈与契約及び約定を取り消す旨の意思表示をしたことが認められる。

そうすると、本件贈与契約及び本件約定は、いずれも右の取消によって失効するに至ったものというべきである。

3  もっとも、《証拠省略》によれば、昭和六二年一〇月から一一月にかけて、花子が子宮筋腫のために入院していた際、太郎がいろいろな心配りをしてくれたとして、太郎に対する感謝のことばを当時の日記帳にくり返し書きつけていたことが認められ、これらの事実からすれば、太郎と花子の夫婦仲は、常時険悪な状態に終始していたというものではなく、太郎が花子に対して優しい心遣いを示し、花子の方でもこれに対する感謝の念を示すという時期もあったことがうかがえるものというべきである。しかしながら、このような事実があるからといって、前記のような経緯で締結された本件贈与契約及び本件約定が勇の強迫によって成立したものであるとの前記認定を覆すには足りないものというべきであり、他に右の認定を左右するに足りるような証拠もない。

四  花子の太郎に対する本件建物の明渡請求について

本件贈与契約が花子の取消の意思表示によってすでに失効するに至っているものと認められることは前記認定のとおりであるが、花子は、更にこのことを理由に、太郎に対して太郎が占有している本件建物の一階部分、五階部分及び六階部分の明渡しを求めている。

しかしながら、花子と太郎とは、現在離婚訴訟が係属中であるとはいえ、依然として婚姻関係にある夫婦であることは前記認定のとおりであり、そうだとすると太郎と花子とは法律上の同居義務を負っていることになるから、花子の右の請求は失当なものという以外にない。

五  結語

以上の次第であって、結局、太郎の花子に対する本訴事件の請求及び花子の太郎に対する反訴事件の請求は、いずれも失当であるから、これを棄却し、春子の太郎に対する第二事件の請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 涌井紀夫)

〈以下省略〉

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